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Some notable things about her daily life.
『自分の感受性くらい』 『倚りかからずに』
久しぶりに昔のノートに目を通したら、詩人・茨木のり子の詩を綴っていたページを発見。当時、えらく感動して走り書きした模様。懐かしい…!

茨木のり子は、戦時・戦後の社会で感じたもの(感情)を作品にしていることが多く、他にも「わたしが一番きれいだったとき」等が代表作。5年前の2006年に、79年の生涯を終えたようです。


「自分の感受性くらい」はいつ読んでもハッとさせられます。怠けまくった自分に対し、奮い立たせるために読み返すのにとてもいい、刺激的な作品。

倚りかからずに」は、アメリカ滞在時に補習校の恩師が贈って下さった言葉。ちょうど私が高校を卒業し、家族と離れて一人日本での生活・大学受験に向き合う、という時のことでした。生きていくための信念ともいうべきか、なんとも力強いメッセージだ、と当時感動した覚えがあります。


『自分の感受性くらい』 (1977)

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志しにすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ


『倚りかからずに』 (1999)

もはや できあいの思想には倚りかかりたくない
もはや できあいの宗教には倚りかかりたくない
もはや できあいの学問には倚りかかりたくない
もはや いかなる権威にも倚りかかりたくはない

ながく生きて 心底学んだのはそれぐらい
じぶんの耳目 じぶんの二本足のみで立っていて
なに不都合のことやある

倚りかかるとすれば それは 椅子の背もたれだけ
| yumemix | DAILY (Notes) | 02:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
「現場」
多少化粧されたメモ。

「現場は工事事務所や構造物を造っている場所を言うのではなく、誰もが働いているその場のことを指す。ファイナンスされる物件は商品ではなく、ファイナンスを行った銀行員達の現場でもない。」

「メーカーは買ってくれるかどうか定かではないモノを作り、大量生産し、店に並べて売る。先にアイデアを出し、あらゆるマーケティングや調査などを行い、他社と差別化できたとして作っていく。」

「建設会社はダム、高速道路をただ一つ、現地に行って契約してから造り始める。出来上がるものはスペック通り、それ以上(である必要なく)でもそれ以下(決してあってはならない)でもない。建設会社はダムを売っているのではなく、職員の能力を切売りしている。それを、チームワーク・パートナーシップ・財務力・信用等を加えて商売する。銀行は良いダムを売るのではなく、ファイナンスするターゲットの国、それを供用する人達、造ろうとしている人達を見極める力を売ることになる。」

「周りを見回し、自分の現場を自覚し、他の会社に出来ないことを見つけ、『マネージャーはこうしているが自分ならこうする』という考えをdevelopし、自分の仕事を差別化していくこと。あなたは現場にいます。」


モチベーションアップを図ったような、父親らしい説得文。
「現場」は何も建設・工事が行われている場所だけでなく、各人が知恵を絞って頑張っているその現場も指す、という話。だから私も「現場」にいる、と。
確かに。
| yumemix | DAILY (Notes) | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
メモ3 ITとOpen Source
ITとは:知恵の形式化されたもの、スケールを出しやすい
    「頭の中身」が見れるもの
    この「中身」が蓄積されているかどうかが大事

ITは「モノ」と違い、需要・供給のラインに乗らない製品。「作る側」と「使う側」に分けられるが、「モノ」と違って生産しても消費されてなくなる、ということはない。

Open Sourceの良さ
・技術屋さんの知的好奇心の集大成
・但し、そのせいもあってか、敢えて決めない限りは決まった軸はない。
・ここに企業が入ると、逆に質が落ちることが多い。利益を出そうと
 あらゆるものをくっつけてしまう

軸のある、いいOpen Sourceの例:Wikipedia(ネットの百科事典)
・いい情報、悪い情報、いろいろ混ざるが、基本的に良くしていこうという
 働きが出る。情報の読み方が一人ひとり問われるツール。
 
ITはしっかりとルールを作ることが肝となる。
・ルールがなく、無法地帯にすると2ch化してしまう
・ルールに基づき、知恵が蓄積されているのがwikipediaで、蓄積がないもの (いわばイベント的なもの)の例はmixiやgree。必ず飽きが来る。
 →イベント的なのは商業だから、ある種仕方がないのかもしれない…?
| yumemix | DAILY (Notes) | 20:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
『母乳は赤ちゃんのストレスを和らげる』
日経新聞11月04日(日)朝刊より、『においがつなぐ親子・男女』

母乳で育てられた赤ちゃんは生後14日には自分の母親と別の母親・未婚女性を区別できることがすでにわかっていたが、更なる研究により「赤ちゃんは母親の母乳を認識することで安らぎを覚える」ことが分かったのだそう。母乳をあげられなくても、赤ちゃんを胸元で抱きしめるだけでも効果があるのだそう。最近では出産直後から赤ちゃんを母親の胸にうつぶせにさせ、スキンシップをはかる『カンガルーケア』というものを行う産婦人科も少なくないのだそう。

また、においは異性の好き・嫌いにも関わるという研究がある。女性が好む男性のにおいが、HLA(ヒト主要組織適合抗原)というたんぱく質の遺伝子で左右される、というもの。HLAは両親から受け継いだ二本の遺伝子からなり、そのうち女性が父親から受け継いだHLA遺伝子の型により近い男性のにおいを好む傾向にある、という研究結果が出ているという。

しかしこれには真っ向から対立する研究結果もでており、それは「HLA型が遠い男性のにおいを選ぶ傾向がある」というもの。この結果は、「子孫を残すために自分にない遺伝子を持っている相手を配偶者に選びたい」という本能を表している、という理由付けから成る話なのだそう。

個人的には後者の研究結果の方が納得はいくが、とはいえ前者の話も「なるほど」と思える部分がある。ちなみに前者の方の研究結果は、人間にフェロモンが存在することを証明したアメリカの博士が出したものだったりする。

においに関してはまだまだ未知な部分が多いが、こういう話は面白いと感じる。
| yumemix | DAILY (Notes) | 23:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
『ラクベジCM』 by Del Monte

デルモンテの製品『ラクベジ』に出てくるこの女の子の台詞、「ミニもね」

可愛くて仕方がない…!!(´▽`)

どうしても『ミニモネ』と聞こえてしまうけれど(笑)

【 CMをチェック★ 】
【 こっちのほうが可愛いかも★ 】
| yumemix | DAILY (Notes) | 21:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
All Saint's Day
今日は台北のMRT(地下鉄)やバスに乗って動き回りました。


が、その話は明日に回し、少しは昨日のHalloween及び今日のAll Saint's Dayにまつわる豆知識でも書こうと思います。


本日(11月1日)は、キリスト教の諸聖人の日(万聖説)です。
英語で「All Saint's Day」といいます。
その前日である10月31日に行われる伝統行事が「Halloween」です。

「All Saint's Day」は、旧称「All Hallows」といい、Halloweenはその前日
にあたるので「All Hallows Eve」「Halloween」と略されるようになりました。

Halloweenの起源はもともと2000年以上も前のケルト人の宗教的な行事、
収穫感謝祭がキリスト教に取り入れられたものです。
ケルト人の1年の終わり(日本でいう大晦日)は10月31日に当たり、
この日の夜は1年で最も日が短いことから、霊界と人間界の境界が
一番近づく日だと信じられてきました。
そのために10月31日の夜は人間界に霊が降りてくる日とされたのだそうです。

Halloweenでは前年に亡くなった家族が訪ねてきたり、精霊や魔女などが
人間界に紛れ込む日と信じられてきました。
ケルト人はそんな存在から身を守るために仮面をかぶったり、
魔除けの焚き火をしていたそうです。
これらが仮装やジャックランタンの由来となりました。


【Jack o' Lantern(ジャックランタン)】
正確にはJack of Lanternです。
悪魔をだました男Jackが、生前の悪い行いのために天国にも地獄にも行けず、
罰としてカブの上に灯りをともしたチョウチンを持って一生暗い道を
さ迷い歩くことになった、という話が起源みたいです。

ここに出てくるカブのチョウチンは一種の魔除けとして使われていましたが、
このチョウチンの習慣がアメリカに渡った際にカブよりカボチャのほうが
適している…ということで段々とカボチャが使われるようになったのだそうです。


【Will o' Whisp(ウィル・オ・ウィスプ)】
イギリスの妖精の名前。
こちらもジャックランタン同様に悪さをしたウィルという男性が暗闇を
永遠にさまようことになり、その悲劇の顔が時々ぼんやりと浮かぶ、というもの。
日本でいう鬼火及び人魂です。

ジャックランタンの別名であるという説や、洗礼を受ける前に亡くなって
しまった子供の魂である説や、いろいろあってどれが本当かは怪しいところ。


【Trick or Treat!】
「お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞ!」という意味。
最近では子供たちが仮装し、家々を回って「Trick or Treat!」といい、
各家の大人たちは「Happy Halloween!」と返してお菓子を渡します。
時々お菓子だけでなく歯ブラシをくれる家もありました。
私も子供時代はずいぶんお菓子や歯ブラシをもらいに回りました。
(ちなみに高校生になってもお菓子をもらっていました…♪)
11月はいつもおやつに困らなかったです。

この習慣ができたのはわりと最近(40年ほど前)で、「Halloweenは
仮装をする」という習慣がパーティー的なものへ発展した際に
現代のような習慣へと変わっていったみたいです。


(参考資料:某ゲーム及び個人的経験と知識)
| yumemix | DAILY (Notes) | 21:38 | comments(0) | trackbacks(0) |
『The Road Not Taken』 by Robert Frost
Two roads diverged in a yellow wood,
And sorry I could not travel both
And be one traveler, long I stood
And looked down one as far as I could
To where it bent in the undergrowth;

Then took the other, as just as fair,
And having perhaps the better claim,
Because it was grassy and wanted wear;
Though as for that the passing there
Had worn them really about the same,

And both that morning equally lay
In leaves no step had trodden black.
Oh, I kept the first for another day!
Yet knowing how way leads on to way,
I doubted if I should ever come back.

I shall be telling this with a sigh
Somewhere ages and ages hence:
Two roads diverged in a wood, and I―
I took the one less traveled by,
And that has made all the difference.



大好きなRobert Frostの名作。私の故郷であるボストンの詩人です。
この作品に関してFrost自身がこう語っています。
"One stanza of 'The Road Not Taken' was written while I was sitting on a sofa in the middle of England: Was found three or four years later, and I couldn't bear not to finish it. I wasn't thinking about myself there, but about a friend who had gone off to war, a person who, whichever road he went, would be sorry he didn't go the other. He was hard on himself that way."
Bread Loaf Writers' Conference, 23 Aug. 1953


…つまり、この作品は自分のことを書いたのではなく、自分の友人をモデルにして書いたのだそうです。この友人とはイギリスの詩人、Edward Thomasのことです。

人生において何か選択・決断をした時、「もう片方の道を選んでいたらどうなっていたのだろう…」と考えてしまいます。この詩はとにかく様々な解釈が出来て非常に面白い作品です。たった20行の英文でこんなにも考えさせられるのか、と驚きました。

解釈
この詩の主人公は、人とは違った選択肢を選び、成功した。人と同じ道を進む必要はない、というメッセージ。

最後のライン、「And that has made all the difference」をポジティブに捉えるとそうなります。私も最初はそうだと思ってこの作品に興味を持った覚えがあります。人生において選択を迫られ、人と同じ道を選ぶ必要はない、という類のメッセージ性がある…ということになります。多くの方々はこの詩をこう捉えているようで、希望を与える作品として親しまれているそうです。

解釈
この詩の主人公は、誤った選択をしてしまった。こうならないように、という忠告メッセージ。

上記とは完全に正反対になりますが、こうも解釈できます。というのも、そもそもなんでこの主人公は「with a sigh」で話すのか。ため息をつくという行為に注目すると、この選択は実際のところ失敗であり、「way leads on to way」つまり一つのことが次のことに繋がっていくということで現在に至る…ということになります。

解釈△鮖戮┐詢磴箸靴董■欧弔瞭擦分かれていてどっちに進もうか悩んでいるものの、「the passing there Had worn them really about the same」と言っているので、実際は大して差はなかった、と主人公も認めているふしがあります(それを強調するかのように、次のラインに「And both that morning equally lay」と書いています)

また、タイトルに注目してみると、「The Road NOT Taken」とは、『主人公が選ばなかった方の道』を表していて、そのことを考えてため息をついている…と解釈できるゆえにこれは失敗した選択だった、という結論を導くことが出来ます。
しかし、解釈,暴召Δ箸靴燭蕁△海離織ぅ肇襪里いRoad Not Takenは『一般的に人に選ばれていない道』ということになるので、敢えてその道を選んだことによって主人公の人生は大きく(いい方向に)変わった…と解釈できることになります。

ちなみに類似してはいるがまた違う解釈もあって、
解釈
主人公はしぶしぶながら人とは違う選択をし、結果的にそれがいい選択となった。

というもの。「しぶしぶ」というのはちょっと正確ではありませんが、主人公が自分の直感を信じて選んだ選択が結果的に良かった、ということです。私は直感型なのでこの解釈も多少共感できます。正しい選択肢が不確定な要素によって見えにくくなっている例、でしょうか?


面白いですよね、こんなに解釈がいっぱいある作品って。
あなたはどう捉えますか?

この詩の解釈論争は今でも行われていると思いますが、一番大事なこと(おそらくこの作品が言いたかったこと)は「(選択を迫られたら)きちんと決断し、それを実行しろ」ということだと思います。
もう一つのほうの道を選んでたらどうなっていたかな…と振り返って考えてしまうのは仕方がないが、そのことでいつまでも頭を悩ませていてはいけない。再度選択をすることは出来ないし、そもそも世の中のスピードはめまぐるしいのでそんなにゆっくり待っていてはくれないですしね。

帰国して早5年。決断を迫られた時も度々あり、現在に至る。


月日が経つのは恐ろしいほど早い。
| yumemix | DAILY (Notes) | 12:18 | comments(0) | trackbacks(0) |
早朝の築地市場
新Category、Triviaを追加。
日常について書こうかと思いましたが、たまたまそこで興味をもったもので
調べたものを紹介していこうと思います。


友人2人と一緒に今朝、早朝の築地市場に行き、海鮮丼を食べてきました。
美味しかったです♪値段は大体1000円〜1800円位、と結構張りますが
そのためにいくのだ、と腹をくくれば問題なし。
来年はここの市場が豊洲のほうへ移ってしまうみたいなので、
今のうちにいけるときは行っておこうかなと思います。
幸い、内定先の会社から一駅なので非常に近いです。


移動計画。お台場方面なのでちょっと遠いですね。


途中、雨に降られたので築地本願寺までいって雨宿り。
(築地本願寺にいったのは友人がそこにバイクを停めていたから)
そこのおそらく住職さんであろう方がクーラー病の話をしていました。
感じとしては校長先生の朝礼みたいな風景。
雨がなかなか止まず、歩ける程度になった頃にはすでに出勤時間。


それよりも、築地市場にいくとどうしても目が離せないのが




  これ。



ターレット式構内運搬車、通称 『ターレ』
ドラム缶に台車を足したような車で、場内や狭い道などを頻繁に
通っている運搬車のことです。


こんなかんじなんですよ。


なんか妙に気になったので、この『ターレ』について調べてみました。

ターレは小型特殊自動車に分類され、普通免許や小型特殊自動車免許や
原付免許さえあれば運転は出来ます。
ヘルメットの義務はなし。
最高速度は15km/hまで出せ、一般の道路も通れます。


…つまり、これに乗って近くの日テレビル電通ビルにもいけちゃいます。
ただ、私個人は無免なのでダメですね。
ターレに乗りたいが故に免許を取る、というのは素敵な動機付けでしょうか?



話を戻しますが、
ターレはやぐら(旋回)砲塔でドラム缶の上にハンドルがあり、その内円に
ある前進後退のアクセルで操作します。
ブレーキは右足のところにペダルがあり、かなりこまわりが効くみたいです。

ちなみにパッと見たとき、どれも使い古した外装をしているため、長持ちする
乗り物に見えがちです。が、どうもそれは間違いらしく、扱っているものが
塩水を含んでいるため、どうしても早くさびが出てしまうのだそうです。
5へぇ。


石原慎太郎が知事になって始めて築地にきたとき、ターレを見て
『時代錯誤だから何とかしろ』と言ったそうです…。
私は一見の価値ありな乗り物、として例え汚くても好印象なんですけどねぇ。


こんな豆知識のページもありましたので見てみてください。
【豆知識のページにジャンプ】


ちなみに。
『早朝とは何時のことですか?』という質問がありました。

本日は6時集合にしました。が、結果的に6時半過ぎに集まりました。
以前調査関連で行った時は確か5時半には築地市場駅にいました。
電車や地下鉄の始発に乗っていくと、活発な市場の様子が見られます。
朝起きるのが大変ですが、是非試してみてください♪
| yumemix | DAILY (Notes) | 18:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
みのひとつだにない
※まだまとめきれていないメモ。後々訂正していく予定です。

『七重八重 花は咲けども山吹の 実(み)の一つだに無きぞ悲しき』

別荘にいた時に蓑(みの)を借りに来た人がいたので、住民は彼に山吹の枝を渡した。翌日、その人が意味が分からなかったと聞いてきたので、住民はこの歌を詠んで渡したそうだ。七重咲き八重咲きと、山吹の花が綺麗に咲いている屋敷だが、その山吹に実のひとつも出来ないように、この屋敷には蓑ひとつ無いのだから悲しいよ、という意味をもつ詩である。
(※ちなみに一重の山吹には実はなるが、八重の山吹にはならない。)


遠乗りに出かけたある日、突然のにわか雨にあった武士は蓑を借りようと、たまたま側にあった農家に駆け込んだ。農家に入り声をかけると、出てきたのはまだ年端もいかない少女だった。
「急な雨にあってしまった。後で城の者に届けさせるゆえ、蓑を貸して貰えないだろうか?」
彼がそう言うと、少女はしばらく彼をじっと見つめてから、すっと外へ出て行ってしまった。しばらく待っていると、少女はまもなく戻ってきた。しかし、少女が手にしていたのは蓑ではなく、山吹の花一輪。雨の雫に濡れた花は、凛として美しかったが、見ると少女もずぶ濡れ。花の意味が解らないまま、武士は蓑を貸して貰えぬことを悟り、雨の中を帰途についた。
その夜、武士は近臣にこのことを語った。すると、近臣の一人が進み出て次の話をした。
「そういえば、七重八重花は咲けども山吹の実の蓑ひとつだになきぞかなしき
という歌があります。その娘は、蓑ひとつなき貧しさを恥じたのでありましょうか」

武士は己の不明を恥じ、この日を境に歌道に精進するようになった。


【無知の恥をかきたくない】
知ったかぶりや解ってるつもりになってるのも充分恥だから注意すべきだ、
という話の例。


参照:cftm
| yumemix | DAILY (Notes) | 04:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
メモ2
◆ラプラスの悪魔
Pierre Simon de Laplace(1749〜1827)によって提唱された、人間を超越
した存在を表す。ラプラスはフランスの数学者、革命期とナポレオン時代を経て王政復古の時期まで生きる。
『確率の哲学的試論』にて、「ある瞬間に宇宙のすべての原子の位置と速さと
相互作用を知ることが出来るなら未来永遠にわたって宇宙がどうなるかは
解析学の力によって知ることが出来る」
と述べた。
この超越した存在を「ラプラスの悪魔」と呼んだ。

例:サイコロを振る。サイコロが指を離れた瞬間、私たちにはどの目が出るかは
分からず、1〜6までが1/6の確率で出ることしか知らない。しかしサイコロに加えられた力・空気抵抗・地面とサイコロが衝突する角度や摩擦などが分かれば現実にどう出るかは別として何の目が出るかが解析的に計算できる。
正確な観測と瞬時の計算が出来る存在。そんな超越した存在をラプラスは
「悪魔」と呼んだ。つまりラプラスの悪魔は、サイコロが振られた瞬間に
計算によってどの目が出るかが分かるという。

この理論を突き詰めて考えると、人間も含めて宇宙は原子で構成されていて、
思考も脳内物質によって統制されていて、原子の位置・速度・相互作用全てを
一瞬で計算すれば、宇宙全体の未来をも透視できることになる。
つまり今こんなブログを見ていることもラプラスの悪魔は知っている。
それもずっと、ずーーっと大昔から。
私たちにとって未来が分からないのは「原理的に予測不可能」という意味ではなく
単に人間の英知が及ばないだけ、ということになる。
つまり運命は予め決まっている、という決定論的世界観にも繋がる。

しかしこの理論は物理学者のハイゼンブルグが不確定性原理を提唱したことで
やぶれてしまう。

(出典:とある医学部生のサイトより)
| yumemix | DAILY (Notes) | 15:16 | comments(2) | trackbacks(0) |
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